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【Uターン漁師のゴーヘー通信】Vol.24 昔話:伊勢湾台風
                                    2002年9月21日発行
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■昔話:伊勢湾台風

昭和34年9月26日午後6時過ぎ、台風15号は潮岬の西約15kmの地点に上陸した。この頃潮岬測候所が観測した最低気圧は929.5mbであった。いわゆる伊勢湾台風の上陸である。この後台風は時速70kmという猛烈な速度で北西方向に進み、丁度伊勢湾の西側を進むこととなった。午後10時頃の中心付近の気圧は945mb、最大風速は45m/秒であり伊勢湾付近では風速40m/秒の強烈な風が湾の奥に向かって吹きつけた。丁度満潮時刻と重なった名古屋港では10分間で30cmの割合で潮位が上昇し、3.89mの高潮が発生した。名古屋港工事基準面からの高さは5.31mとなり、高さ5mの防潮堤を乗り越え海水が浸水することとなった。

一方午後8時から11時までの時間雨量は40〜60mmとなり急速に増水した河川では堤防の決壊が相次ぐ。高潮と河川の氾濫により名古屋市の西半分が水没することとなった。風が強くなりだした日没後からわずか3時間以内の出来事である。停電による暗闇の中、この浸水が主な原因となり愛知県内だけでも死者3,168名(全国では4,697名)を出すこととなった。

伊勢湾台風以前でも室戸台風(昭和9年9月)や枕崎台風(昭和20年9月)の2つの超大型の台風が甚大な被害をもたらしているが、伊勢湾台風の被害の特長は高潮にある。当初は台風の中心付近が通過したことによる気圧低下が高潮をもたらしたと考えられていたようだが、今ではそれに加えて強い風による海水の吹き寄せで異常潮位が助長されたことが知られている。また名古屋港の貯木場にあった20万本とも言われる木材が高潮と共に流入したことも被害を一層大きくした点と言われている。

当日の大井でも猛烈な雨・風・高潮が襲ってきた。高潮はおじいさん一家が暮らす家の玄関先までやってきたそうである。道路よりわずかに高い位置にあったその家は床下浸水することもなく、高潮はすぐに引いていったそうだ。知多半島の先端付近で風陰になっていた大井は潮位そのものが余り高くなく、また当時は海岸沿いに今のような防潮堤がなく、道路の路肩がそのまま浜辺に続くような状態だった。このため台風通過と共に潮もすぐに引いたものと思われる。

まだ未婚だった母は伊勢湾台風後に海部郡(被害が甚大だった地域)の男性とお見合いの話があったらしいが、母の父から「頼むからやめてくれて」と懇願されて、今のゴーヘー父とお見合いをすることになったそうだ。

さて、この伊勢湾以後、海岸行政が「災害復旧」から「災害防御」に重点を移したようだ。伊勢湾台風クラスの台風がやってきても海水や河川の水がが流入してこないよう、防潮堤や水門・河川堤防の整備が行われた。ほぼ全国一律に防潮堤の高さも決められているため、海岸沿いの道路の脇には全国どこに行っても一様な防潮堤がある。しかし、伊勢湾台風の高潮の原因を考えてみれば、高い防潮堤が必要な地域は自ずと限定されてくることが理解できると思う。

そろそろ科学的分析に基づいた災害対策が実施されても良い時代じゃないだろうか。

中部日本新聞
http://www.chunichi.co.jp/saigai/isewan/


愛知県建設部河川課 伊勢湾台風の記録
http://www.pref.aichi.jp/kasen/suigai/isewan/top.htm


国土交通省河川局 わが国の主要な高潮災害




■今週のゴーヘー

○9月11日(水)  <2週間ぶり>

約2週間ぶりに海に出た。ここ2週間バイトで名古屋に通う毎日だったので妙な疎外感を感じた。

名古屋への通勤は季節の移ろいからも遠ざかっていたようだ。朝の海の上はすでに肌寒かった。浦前(大井漁港前)には海苔枠の位地を示す航路標識が浮かんでいた。三河の浅瀬にはすでに海苔ソダの竹が立っていた。どちらも去年より2週間くらい早いみたい。

梶島での漁は東風と波を受けてやっていた。久しぶりの揺れで船から転げ落ちそう(苦笑)。漁の方はさっぱりだった。無線で他の人の話を聞いててもよい話がない。海の中もすでに秋模様のようだ。そのくせガニはまだ多く網があちこち破れていた。参ったね。

結局コチが5本、カレイ数枚、クロダイ1枚、ハゴ2枚、本ガニ+青ガニで8匹程度、ギマ(カワハギ)数匹だった。港に戻って船で網をきよって(繕って)いたら、油屋(ガソリンスタンドの店員)が油(燃料)を入れに来た。久しぶりに船にいるゴーヘーを見て彼が話しかけてきた。

彼:「どうしたの?また船に乗るの?」
ゴ:「またって、、、ちょっとバイトしとっただけだよ」
彼:「おじさん(ゴーヘー父)が、『まぁ、一人でやるだぁ』って言っとったもんだいさぁ」
ゴ:「・・・・」
微妙な空気を察知してか、彼は話題を変えました(-_-;)。

それにしてもゴーヘー父はどういうつもりで彼と話をしてたんだろう?休みをほしいというゴーヘーの言葉に気安く「ええがや」とOKを出してたのとは裏腹に、バイトで漁を休んだのはお気に召さなかったのか?それとも彼に冗談を言ったつもりだったのか?でも彼は本気にしてたぞ。


○9月12日(木)  <マナジが大漁>

出港時間は少し早かったけどオクゴオリに行った。黒部に着いた時はまだ暗かったが、いつものように沈んだ防波柵の西側で網をやり漁を始めた。クロダイを狙ったのだがハゴ(3年生以下のクロダイ)すら網にはかからず、小さなコチやカレイ、ギマ(カワハギ)がかかるばかり。ギマは背中の角に「返し」がついていて、それに網が絡まってとてもはずしにくい。

5クリ目にようやくハゴが10枚ほどかかった。その後それまで5・6枚しかかかっていなかったマナジ(鯛の一種)が7クリ目に大漁にかかってきた。大きさは手のひらかそれよりちょっと小さいくらいで形はマダイによく似ている。小さいので網目から抜けるのだけど、頭が少し丸みを帯びているのでとても持ちづらく、背びれや胸びれで手を突いて痛いしで、網目から抜く時に妙な力が入ってしまう。そのためカンコに生かしても仰向けになっているヤツが目立つ。

結局150匹を越えるマナジがかかった。急遽左のカンコのヒ(栓)を抜いてすべてマナジをそちらに移したけど元気のないヤツが目立つ。11時半頃マナジの入ったカンコを覗くと、30匹くらいがカンコの底で白い腹を見せて横になっていた。その様子を見て、今日は船に氷を積んでいないため漁を止めて帰港した。

夕方の札場(市場)では仲買が我々の持ってきたマナジを見て「もうちょっと大きかったらなぁ」とぼやいていた。マナジの売値は全部合わせても結局1万円に届かなかったので、1匹当たり60円程度であった。我々もぼやきたくなった。


○9月13日(金)  <クロダイが大漁>

今日は北西の風が吹いて波が少し高かった。それでもあえて風下側のオクゴオリに行くと予想通りいい(高い)波がある(苦笑)。無線では三河で漁をする年寄り連中がしきりに風を気にしていた。そのうち風が強くなってきたと言って漁を止めて帰ってしまった。三河より風下のオクゴオリは一層波も風も強いので船の揺れは酷かった。それでも漁を止めなかったのは毎回ハゴがかかったからだ。5クリ目には11枚、6クリ目には12枚もかかった。

ラッキーなことに9時頃には風も収まってきた。さほど暑くもなく調子よく漁をしてた8クリ目、揚げていた網が何かに引っかかってどうしても揚がってこない。どうやら海中の鋼管に絡まってしまったらしい。しかたなく網を途中ではずしてウケをつけておき、船を反対側の端に回して網を揚げてきた。絡まった場所まで来ると今度はちょいとひっぱったら揚がってきた。揚げた網を見ても酷い破れがなくてラッキー。とりあえずその部分の網は別な網に交換して漁を続け、昼飯を挟んで13時過ぎまで漁をやった。

港に戻って水槽に水揚げしたのだが、クロダイとハゴを合わせて50枚以上捕まえてきたので、大きさごとに仕分けをすると、生かしておくためのカゴが足りなかった(^_^;)。急遽網ドウマンに小さいハゴを入れたりしてどうにか全部の魚を水槽2つ使って生かした。嬉しい悩みだ(^_^)。

しかし札場の相場が少し安くて合計の水揚げ金額は予想より7,000円くらい低かった。もっとも、我々が2番売りで大量のクロダイを売ったので、3番売りの漁師のクロダイの値も安かった。まさに相場は水物である。


○9月18日(水)  <5連休>

14・15日の2連休がその後も休みが続きとうとう5連休になってしまった(T_T)。

昨夜の天気予報では天気図を確認できなかったため、ウェザーニューズのサイトで今日の予想天気図を確認した。雨を降らせた低気圧と前線の位地が微妙なところにあり、西にある高気圧との間で等圧線の間隔が少し狭くなっていた。北西の風が吹きそうだとはその時点から予想がついていたが、今朝起きてみて近所のコンビニの旗が少し強く風に煽られているのを見て「やはり」と思うと
同時に「少し早いな」とも思った。

港に行くと海面一面がシマケて(さざ波が立って)いた。誰も船を出した様子がない。いつもの防波堤の根元で集まって話をしているようなのでその輪に加わると、FH丸が寄ってきて話しかけてきた。

FH丸:「やい、休み中、何やっとっただぁ?」
ゴーヘー :「何にもやることがねぇもんで、パソコンさわっとっただがぁ」
FH丸:「ええがやぁ、儲かって」
ゴーヘー :「何にも儲からすかぁ」

パソコンを触ってると言うとなぜか銭儲けをしてると思うようだ。謎だ(笑)。


○9月19日(木)  <5日ぶり>

今日ようやく漁にでた。波も風もまだ少し強めだったが漁ができないほどでは
ない。

連休前に続きオクゴオリへ行く。クロダイ狙いで沈んだ防波柵の近辺を重点的にやってみるが、網にかかるのはハゴばかり。数はそれなりに増えてきたがいかんせん小さい。クロダイは4枚しか捕れなかった。あとカレイやギマ(カワハギ)が少々。

11時半でオクゴオリを切り上げて戻ってきた。港には入らずにそのままイワテに走りクロダイを狙って海田と布土で漁をやった。布土では数十匹のボラがジャンプしてる中に網を入れた。ボラのサイズは30cm以内の小さなものばかりだったが、網を入れてる傍からピョンピョンと元気よく跳ねていた。中には船のトモに激突するボラもいた。網を入れてガランガランを引っ張ってる最中もまだ跳んでいて、タマ(タモ)ですくえないかと構えてみたけどやっぱりダメだった(笑)。カレ網は本来ボラを取るための網ではないが、網を揚げたらボラが4・5本かかっていた。しばらく干物で楽しめそう。

ところで、「○○ぶり」というタイトルが多いなぁ(笑)。


■エピローグ

昭和30年代、台風の観測を行うために米軍の飛行機を借りて現地まで飛ばすという命がけの方法があったようですが、費用は当時の気象庁の年間予算の半分近くかかったらしいです。つまり「できない」ということですね。

また、台風が来るとよく停電もしました。情報はラジオが頼りとなるわけですが、肝心の観測結果の収集が停電でできなくなり、ラジオの台風情報も最新情報が提供されないという結果に終わることが多かったようです。

今ではテレビのリポーターが台風に近いところで、生中継する時代となりました。気象観測衛星からの写真や情報もあります。こうして、台風が来る何日も前から情報が入り台風に備えることができます。近づいてからも随時台風情報が入り、早めの避難などを適宜行うことが出来ます。

良い時代になったとつくづく思います。


■次回予告

Vol.25 「漂流物はどこへ?」 2002年10月5日(土)発行予定

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