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【Uターン漁師のゴーヘー通信】Vol.45 海で遊ぶ時
                        2003年7月12日発行
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■海で遊ぶ時

7月に入って全国各地から海開きのニュースが入ってきました。これから子供達の夏休みが終わる8月いっぱいまで、各地の海水浴場がおおいに賑わうことと思います。

しかし水の事故が多発するのもこれからの時期です。池や川・用水路に子供が落ちて溺れて亡くなり、その後岸に柵をめぐらしたり用水路に蓋をしたりすることがこれまで何度も繰り返されてきました。それによって子供の事故死は減少してきたことでしょうが、同時に大切なことも無くなってしまったように思えて少し残念です。

さすがに海や湖には蓋もできず柵もめぐらすことができないので、夏の間の海水浴場として、レジャーの場として健在です。しかし子供の頃から自然の中で遊ぶことに慣れていない人たちにとっては、油断すると危険な場所であることに変わりはありません。

湖は琵琶湖のように大きくない限り注意しなくてはいけない点は、強風と湖底の深みです。強風に煽られて乗っているボートやカヌー、カヤックが転覆したら慌てずに転覆したボートにつかまり助けを待ちましょう。風下に岸が近く泳ぎに自信があればゆっくりと岸まで泳げばよいです。ただし小さなお子さんをお連れの場合は風がなくてもボート遊びを控えましょう。

海の場合は波があるため湖よりやっかいですが、内湾は波と強風がセットのため海から風速4m以上の風が吹かない限り波への注意は不要です。風速4mの風はお菓子の箱のセロファンやティッシュを手放した時1秒で4m程飛ばされる風です。風速4mの風が吹くと時折50cm程度の波が来るため、腰まで水に浸かっていると大人でも足をすくわれて流されます。このような波が来る時は岸から海に向けての離岸流も発生しているので、内湾といえど油断はできません。

一方外海に面した海岸では平時でも1〜2mの波がやってきます。海岸の場所によっては離岸流もあり、海からの風がないからと言って油断はできません。波の高さがよくわからないときは波打ち際にしゃがんで水平線を見てください。その時波頭で水平線が隠れるようだと1m以上の波が来ていることになります。

昨年のことですが、強い東風が吹く日にうちの近所の浜辺に遊びに来ていた父子連れがいました。三河湾にしては珍しい1m近い波が次々と打ち寄せる中子供二人が肩まで海に入って遊んでいたのです。父親がいっしょにいてもその波の状態がどれほど危険な状態かがわからず、単に波が高くて面白いために遊ばせていたのでしょう。その時は私が注意して止めさせましたが、父親は不服そうでした。地元の子供達が遊んでいないような海の状態の時に命がけで遊ぶ必要はないと思うのですが、お節介だったのかもしれません。

子供の頃毎年夏休みにおじいちゃん・おばあちゃんのところに行って海や山で遊んでいた、という程度では自然の中で遊ぶことに慣れているとは言えません。自然は夏でも冬のような荒々しい表情を見せる時があります。水の中には深みが人知れず口を開けて待っていたりします。海底近くに強い潮の流れがある場合だってあります。油断をすれば自然は突然牙を剥いてきます。

こうした自然が見せるいろいろな表情を体験し知っていて更に油断をしないということは、自然の中で自分の身を守る重要なスキルです。身を守るスキルを身につけていて初めて「自然の中で遊ぶことに慣れている」と言えます。こうしたスキルを身につければ、海で遊ぶ時に今目の前にある海の状況が危険か否かが皮膚感覚でわかるようになります。わかれば1mの波の中で遊んだりしなくなります(のぞくサーフィン系)。

問題はこのスキルを身につけるのに時間がかかる点です。年に一度海で遊ぶだけの場合はどうしたらよいでしょうか。

この場合、まず地元の子供達が遊んでいるかどうかを調べましょう。彼らがやっていることまでは安全の範囲内です。ただし彼らと同じことをするのは避け、一歩手前までの範囲内で遊びましょう。

海で遊ぶ時、くれぐれも「命をかけて遊ぶ」ことのないようにお願いします。





■今週のゴーヘー

○6月30日(月)  <唇に血豆?>

昨日の朝冷えて肌寒く結局終日北西の風が吹いていたのだが、今朝も冷えて肌寒かった。日中はそれなりに気温も上がってやや暑めだったけど、ムシッとするほどではなかった。

こんな日にまた梶島へ行った。着くと既にHA丸、ST丸が網をやって魚をぼっている(追っている)最中だった。みんな梶島が苦になって(気になって)仕方がないようだが、網にはさっぱり魚がかかっていないみたい。ST丸は2クラ(クリ)やって西に向けて走っていき、HA丸は5クラやってやはり西に向けて走っていった。うちは6つやってようやく諦め一色沖へ向かった。すでに網は穴だらけだ。

一色沖で5クラやってから海田へやってきた。ここで昼を挟んで3クラやったけど、この3クラ目にガランガランで網を引っかけてくしゃくしゃにしてしまい、網を揚げるとすぐに帰ってきた。今日一日でコチを18本、カレイを9枚、ハゴを7枚と本ガニ・青ガニを合わせて8つばかりつかまえた。

1時半に帰ってきてから午後5時半まで網をきよって(繕って)いた。7反の網のうち、きよえたのは5反のみ。残り2反は網を替えて後日きようことになった。お尻が痛い。きようときにアンバリ(網針)を唇で加えて網糸をハサミで切るのだが、唇に力が入りすぎていたのか、回数が多すぎたのか、下唇の中心から少し右に血豆が出来ていた。直径1mmくらいで唇の中の方にあって痛くもない。気づいた時はホクロかと思ったがどうやら血豆っぽい。くわえる力が強かったんだろなぁ。


○7月2日(水)  <破れ破れ>

朝2時半には小雨だけだったのが3時半には北西の風も強く吹いていた。4時半には雨が止んでいたんでゴーヘー父が一旦海を見に行ったが諦めて帰ってきた。ところが6時にはその風も収まりみんな出て行ったようだった。我々も慌てて支度をして出て行った。

風が吹いてくる予報だし時間も遅いんで今更西浦へは行けず、かといって尾張はすでにカレ網の船がいっぱい。しかたなく三河へ行く。一色沖で11時頃までやってたらそれなりにカンコも賑わった。特にカレイが10枚ちょっとつかまったのがよかった。その後三瀬で一クラやって11時50分頃梶島の長瀬へ着いた。すでに西の風が強く吹きつけている中2クラやってから遅い昼を食べ、もう一クラやってから帰ってきた。おかげで網がまた穴だらけになった。

午後2時半から6時半までみっちりきよって(繕って)も二人で5反半しかきよえなかった。残り2反はそのままなんで明日がまた大変だ。


○7月3日(木)  <くたびれ損>

また風が吹いてくるとの予報だったが西浦へ走った。

上野間(かみのま)で最初の網を入れた。ヤマゼ(南東の風)が少し吹いていて海面がシマケて(波立って)いた。風は弱まったり強まったりを繰り返しながらだんだん強くなってきた。7クラ目の網を揚げている時、先に帰ったAW丸が無線で話す声が聞こえた。下り(南)の方は随分波が出てきたそうだ。

それで網を揚げるとすぐ帰ってきた。野間の灯台まできたら確かに急に波が高くなった。50cm〜1m程度の波が南からやってくるんで、わずかにスピードを落として走る。1時間後大井前を通過して9時半に海田までやってきた。波が高いけどちょっと試しに網をやるつもりらしい。しかし網をやっても魚はなにもかからず渋々帰ってきた。くたびれ損な気分。


○7月4日(金)  <また風、そして母が手を骨折>

今日の天気予報も風で1mの波の予報だった。しかし朝は風もなく凪いでいてとても風が吹いてくるような感じではなかった。それが7時半頃からマゼが吹き始め8時には西の風に変わった。

8時を過ぎた頃バカ網(ボラ漁)の船が無線で「西の海が黒くなってきた」といって網をやらずに帰っていってしまった。それから5分ほど経つと風がぐっと強くなってきて海全体に白波が立ち始めた。揚げている網を急いであげすぐに船を下り(南)に向けて走らせた。野間灯台にさしかかると50cm〜1m近い横波がやってきて船がかなり傾いた。前後を走っている他の船も波に煽られてまっすぐに走れない状態。何度経験してもこういう波の中を走るのは嫌なことだ。大井前が近づいても昨日と違って今日はそのまま港に入った。

午後うちに帰ったらゴーヘー母の様子がおかしい。なぜか左手を氷で冷やしていた。ゴーヘー父が事情を聞き出したところ、朝整骨院へ行った際そこの駐車場で転んで左手を付いたそうだ。整骨院の先生が「折れとらんと思うけど」と言ったその言葉を鵜呑みにして、痛いにもかかわらず医者へも行かずうちに帰ってきて氷で冷やして寝ていたらしい。

ゴーヘー父に叱られ、ゴーヘーの運転する軽トラに乗って渋々整形外科へ行った。診察してもらったところ左手甲の骨が2本(親指側と小指側)折れていたそうだ。「腫れてきたから折れとると思った」とゴーヘー母は言っていたが、普通転んで痛い段階で心配して医者へ行くもんだ。


○7月6日(日)  <先取り競争>

朝パンを買うためにコンビニに寄ったらHA丸がいて、のんびりなにかを吟味していた。こちらは買ってすぐにコンビニを出て船着き場へ行き船を出した。やや遅れてHA丸が船を出してきたが、こちらの船が見えていないのかのんびりと梶島へ向けて走ってる。こちらは一旦佐久島へ向けて走り、途中から梶島へ向かった。長瀬に先に着いて船を流していたらHA丸が猛烈なスピードで梶島へやってきた。長瀬を先取りされてしかたなく桟橋側へ行ったみたい。

長瀬は暗くてわかりづらかったがクラゲでいっぱいだった。まるでクラゲの中に船を浮かべたよう。しかたなく水カブリへ行くとそこもクラゲでいっぱい。せっかくHA丸より先に梶島へ着いてもなんにもならない(苦笑)。

HA丸は2クラやって梶島を諦め西へ行った。我々は9時頃までがんばったけど網を破っただけでそれに見合う漁はなかった。しかたなく西へ走り一色前で終わりまでやっていた。こちらの方がカレイやコチが多かったなぁ。


○7月8日(火)  <梶島よ〜し>

朝船付き場へ行くとまだみんながいた。いつもは早いHA丸も流し(流し網)の船の人と話していた。少し西の風が吹いているんでみんな躊躇していたんだけど、誰か出港していく船があったんで出ることに決めた。皆西浦を目指して走り出したけど、ゴーヘー父はまた梶島へ向かった。魚がいなくて網が良く破れるというのに凝りもせずよく通うものだ。さしものHA丸も今日は来ない(苦笑)。

いつものように長瀬で一クラめをやるとカレイが3枚かかった。ふと水カブリが良い気がしたんだが、ゴーヘー父も同じ思いだったようで、網を揚げ終わるとすぐに水カブリへ直行。するとここでコチが8本もかかった。きっと魚が回ってきたんだろう、なんだか良い感じだ。多くはないがどこをやっても1本か2本のコチがかかり、カレイも時々2・3枚かかる。

今日は途中から雨が降ったり止んだり、時に土砂降りになったりして、なんとも憂鬱だったんだけど、こうして魚がかかると時間の経つのも忘れそうになる。10時頃から雨をしのごうと天幕を張ったんだけど、それからじきに雨は止んでしまった。昼近くからは晴れてきてむしろ暑く、天幕は日差しよけに早変わり(笑)。


○7月9日(水)  <危ないって!>

今朝梶島へ行くとすでにHA丸がガランガランを引っ張っていた。昨日のうちの大漁話を聞いてるからだね〜(苦笑)。ヤマゼと雨に加えてHA丸がそばえて(そばによって)来てなんともやりづらい。

昨日コチが8本もいた水かぶりへ網をやると今日は10本もコチがかかった。しかし、丁度大ゴチを引き揚げているところを長瀬に向かっていたHA丸に目撃された。彼はすぐさまUターンしてきて、うちの網をかすめるように東側の狭い場所に網を入れていた。この後うちが西側へ移動するとHA丸は追いかけるようにそばにやってきた。しかし水かぶりから3クラやった頃風と波が一層強くなってきて、彼は帰っていった。うちもその網を揚げたら帰り支度。

この時風が強いのを気にしてトモ(後ろ)に張った天幕を巻き取るようにゴーヘー父がいう。強風に煽られながら天幕を竹の支柱に巻いて波に揺られるブリッジの上にのぼって紐で結わえた。左右に大きく揺れるんでブリッジの屋根の左端につかまっていないと海に落っこちそう。それを知ってか知らずかゴーヘー父はブリッジの屋根の上を右側へずれて降りてこいとゴーヘーの真後ろで指示をする。でも今左手を放して屋根を右へ移動したら落ちちゃうって!!。

だからそのまま後ろに下がって屋根を降りたいんだけど、それには下にいるゴーヘー父にはどいてもらわないと降りられない。風で声が飛ばされて聞きづらいから大声で怒鳴ってゴーヘー父にどいてもらってようやくブリッジの屋根を降りた。海に落ちなくて良かった〜。


○7月11日(金)  <何も見えない>

起きたら霧が出ていた。いつもより1時間も遅く船着き場へ行っても霧は晴れるどころか深まるばかり。100m先が霞んでよく見えない。しかたなく岸壁の上でみんな揃っておしゃべりだ。ところがこの深い霧の中、HA丸が出て行きわずか30秒程度で見えなくなった。命知らずというか怖いモノ知らずというか・・・。

7時近く、港の上空が晴れてきて視界も200mくらいまで見えるようになったんで、オキ(漁)に出ることになった。船を出して浦口(大井港入り口)を出たら、、、なにも見えない!。しかたなく皆オカ(岸)からあまり離れずすぐそばで漁をするなか、ゴーヘー父だけは船を沖へ向けた。コンパスを目の前に置きどうやら梶島を目指しているよう。

スピードはいつも通りだったんで30分ほどして梶島"らしき"ところへついた。が、それが本当はどこなのかしばらくわからず。海中に緑色の鉄柱と灯火、付近にはブイが2つ3つ・・・・どうやら吉田港前みたいだ。そろりと進むと見慣れた恵比寿の鼻が見えた。この時点で距離にして200mの梶島の赤灯台がまだ見えない。

梶島周辺は磯の岩が多いんで慎重に船を進め、ようやく島影を発見し漁を始めた。それにしてもヤマテ(漁の目印)がまったく見えない中でよく漁場がわかるものだ。さすが梶島へ通って数十年のゴーヘー父。

この深い霧は11時頃から晴れだした。視界は1km以下だけど漁船を走らせるぶんには不都合ない。無事に帰れそうでよかった。


■エピローグ

今回は当初の自分の予定を変更して「海で遊ぶ時」と題して書いてみました。国内ではこれから、海外では時期を問わず、水の事故は多いものです。去年の出来事も思い出したんでこのような内容にしたんですが、なんだか説教&自慢臭くてちょっと嫌な文章になってしまい、何度か書き直しました。読者の身近で水の事故で亡くなった方もいらっしゃるかもしれません。なるべく配慮しつつ書いたつもりですが、読後もし不快な感じをお持ちになった方がいらっしゃればごめんなさい。

梶島で漁をするとガニ(イシガニ)によって網にたくさんの穴があきます。最近は1反をきようのに3時間くらいかかるほど穴だらけです。座りっぱなしでお尻も痛く参ります。

母が手を骨折して夕食は食材配達サービスを利用し始めました。もちろん言い出しっぺのゴーヘーが調理担当です。レシピもあるんで楽ちんですが、包丁が切れないのが難点。はやく砥石を買ってきて包丁を研がなくっちゃ。


■次回予告

Vol.46 「昔話:バカ網」 2003年7月26日(土)発行予定

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