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【Uターン漁師のゴーヘー通信】Vol.46 昔話:バカ網
                                    2003年7月26日発行
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■昔話:バカ網

「バカ網」・・・変な名前です。「バカな網ってなんだ?」と大抵の人は思うでしょう。ボラを獲るための網なのですがなぜ「バカ」というのか不明です。

このバカ網も建網(たてあみ)の一種です。海面近くを泳ぐボラを獲るために大きめのアバをつけ網全体を浮かせ、海面から海中へカーテンを引いたようにボラの群れを丸く囲んで網をやります。

ボラは群れで移動中頻繁に海面からジャンプするので、広い海の上でそのジャンプする姿を捜して移動します。常に回遊しているのでどこでボラを発見するかわかりません。レーダーも魚群探知機も役には立たず、今でもただ自分の目だけが頼りです。近視の人にはムリな漁です(^^ゞ。

現在バカ網の船は村に2ハイ、オクゴオリの江比間に2ハイ?あり、村の2ハイは「組(仲間)」になって1日交替で船を出しています。実質1パイというわけです。今は三河湾全体でたった3バイの船がバカ網をやっているだけです。

しかし30年以上前には村の中だけでも10パイ前後のバカ網の船がありました。ゴーヘー父も兄や他の人たちと仲間になって夏の間バカ網をやっていました。ボラは1本300円から高いものだと600円ぐらいしたそうです。一クラで50〜100本前後のボラが獲れ、多い時には300本程度獲れることもあったそうです。数年に一度一クラで1,000本程度獲れることがあり、そんな時は他のバカ網の船を頼んで運んでもらったそうです。

かようにバカ網は「儲かる」ショウバイ(漁)でした。ところが25年余り前ある「事件」が発生しバカ網はまさに「一夜にして壊滅」しました。

当時は2度のオイルショックを経験し、日本経済は高度成長期の末期だったと思います。海には工場排水が垂れ流され海岸にはゴミがたくさん漂着し、工場が多い地域の海面にはあちこちで油が浮いていました。海の汚れは今よりも酷かったかもしれません。これらの汚れの中で、海面近くを回遊し海面から頻繁にジャンプするボラにとって、海面に浮いている「油」は大敵です。体やエラに付着した油がボラ自体の脂臭さと混じって実に嫌な臭いとなっていました。

「油臭いボラ」は当然商品価値がありません。ゴーヘー父たちの仲間は特にこの「油臭いボラ」を嫌い、油の浮く海域ではほとんど漁をしませんでした。他の多くのバカ網も同様だったのですが、一組一部それを意に介しない人たちがありました。彼らのボラは「油臭い」ことが頻繁にあり仲買達がそれを意見してもしばらくするとまた「油臭いボラ」を獲ってきて売っていたのです。「油臭くないボラ」を獲ってくれば良いのですが、条件の良い場所では競争も激しいので「油臭い」のを承知で獲りに行っていたのです。

この「油臭いボラ」は当然仲買が良い値で買わないので、水揚げが他のバカ網より少なくなってしまいます。次第にショウバイが行き詰まり、他のバカ網が儲かっているのに自分たちはうまく儲からないことにかなり苛立っていたようです。ついに彼らは辞める決心をし、同時に彼らはビックリするような行動にでました。

まず油臭いボラを水産試験場に持ち込み汚染されていることを確認させ、人づてに県議会議員に連絡を取り、「油に汚染された油臭いボラが水揚げされて人々の食卓に上っている」と県議会で取り上げさせたのです。新聞やテレビが一斉にこの情報に飛びつき報道しました。その日からボラはいっさい売れなくなり、困ったバカ網の漁師達は県庁へ陳情に行きました。そして再検査の約束を取り付け実際に再検査が行われ汚染は「シロ」となったのですが、もはや「油臭いボラ」の風評は払拭できませんでした。バカ網の船が無くなったのはそれからまもなくのことです。

現在、三河湾・伊勢湾にはボラがたくさんいます。先日も直径200m程度のボラの大群を発見しました。40cmくらいのボラが次々とジャンプしていて、ゴーヘー父曰く「たぶん1,000本以上おるなぁ。昔はこういうヤツをサーッと網で囲んで、1,000本ぐらいとりょうった(獲った)もん」だそうです。

今の値段は1本100円〜150円程度。仲買がさばける量は1日300本が精一杯だそうです。25年経っても人々の中から「油臭いボラ」の記憶は消えず、「バカ網」という漁法もいつしか消えて無くなる運命です。

(当時まだ子供で漁師の世界も人の関係もよくわかっていなかった私の聞きかじりと主観が多分に入っています。実際の事実関係と異なる部分もあるかもしれません。あしからず。)




■今週のゴーヘー

○7月14日(月)  <低気圧の中心?>

油断した〜!。昨日の夕方から強い雨と風となったんで、今日は完全にお休みだと油断した。しかし3時頃にはすでに雨も風も収まっていたようで、4時に起きて船着き場へ行ったら誰もいない(^◇^;)。今年の梅雨の低気圧は根性無さすぎ!(苦笑)。

とにかく西浦へ走りみんながすでに2クラめを終わる頃上野間(かみのま)へ着いた。そこからイワテ(北側)へ順に網をやりながら移動したけど、小さなコチやカレイが1つか2つずつかかるだけ。8時には諦めて沖の瀬(空港島の南)へ移動した。すでにST丸、FH丸の2ハイが網をやっていた。ここでの一クラ目コチが4本かかり幸先が良かったが、SK丸までやってきて西側をやられてしまった。相変わらず鼻がきく人だ。

風が吹いてくるという天気予報だったようだが、未だ吹いてくる様子がない。伊勢湾の西に見える工場の煙突から出る煙は南にたなびいているが、東にある煙突の煙は北に流れている。むむっ?なんか変だ。風が回ってるような感じ・・・ということは、今この上に低気圧の中心があるってこと?。

10時半にちょっと風が強くなってきたんで沖の瀬から下って(南下)きた。小野浦(おのうら)で一クラ、帰ってきた大井前で2クラやって今日は終了。ちょっと魚が少ないなぁ。


○7月16日(水)  <たくさんのカレイ>

梶島へ行くとすでにHA丸が漁をしていた。今朝の彼は3時頃出て行ったらしい。梶島へ着いた頃はまだ真っ暗だったはずだから、灯りをつけてやってたにしても網の浮けがよく見えないはずだ。まったくよくやるものだ。

梶島に8時頃見切りをつけて一色前へやってきた。2クラめに特大カレイが網にかかってきてビックリしてたら、その後カレイが10枚もかかっていた。その後もう1度10枚かかった時があって、このカレイが獲れない時期に小さいながらも大漁となった。朝から一色前でやっていた三河組の連中はもっと獲ってることが夕方の札場でわかった。梶島が苦になった(気になって)また行ったわけだが、10本程度のコチと網を破って帰ってきただけでまったく割に合わない。朝から一色前にいた方が良かったなぁ。

明日はきっと一色前が賑わうだろなぁ。


○7月17日(木)  <たくさんのコチ>

朝船着き場へ行くとHA丸以外、誰も船を出していなかった。早くから一色前へ行っても三河組が誰も出てきていないから、昨日どこでカレイをつかめた(つかまえた)かわからないからね〜。でもうちが船を出したらみんな慌てて後をついてきた。

一色前へついてとりあえず皆網を入れた。でも三河組がまだいないからいまいち確信が持てない様子。誰かが無線で「そこがええのかな」とOA丸に聞いたら「ヤマテがおらんで(目印になる人がいないから)、わからん」と答えていた(笑)。

今朝の漁は一クラおきにカラがあって魚がちっとも貯まらない。9クラ目に矢作の河口近くに行ってやったら、ようやくコチ6本、カレイ3枚(大1枚)がかかった。アサリを選別していたマンガ船を囲むようにやったりしながら、昼過ぎまでここで7クラやった。中にはコチが10本もかかっていた時もあり随分コチが獲れた。特に今日のコチは中ゴチが多くどれもよいコチばかりだった。

帰ってきて水槽に上げたらコチだけで6セイロ分もあった。これにカレイ1セイロ、タコ1カゴ、ハゴ(クロダイ)+ガニで1カゴと水槽2つに分けて入れた。昨日より更に大漁で札場(市場)の値段の方もいうことなし!


○7月21日(月)  <梶島大漁再び>

朝船着き場へ行くとHA丸を除きまだみんなの船が着いていた。三河へ行くつもりだから遅いみたいだ。

梶島へ着くと予想通り水被りのそばにHA丸がいたので、うちは長瀬へ網をやった。網を揚げ始めてしばらくするとHA丸がこちらの船のすぐそば、距離にして3〜4m程のところまでやってきた。漁の様子を伺うためだが、網を揚げている船にこれほど近く船を寄せてくる人は普通いない。かなり仲が良くても網揚げ中は網をペラに巻く危険もあるため少し離れるのがマナーだ。しかしこちらの様子を伺うことしか頭にない彼は異常接近してきた。普段話もしない間柄なのにね。

そこへ折悪しくコチが網にかかって上がってきた。小さなコチだけど、ゴーヘー父はこのコチを「ほれっ!かかっとるがや!」と忌々しそうにHA丸に向かって振り上げて見せた。この父はどうしてこう挑発的な行動ばかりとるのか・・・。ゴーヘーなら、はずしたコチをHA丸の目の前に海に放り投げるんだけどなぁ(^^ゞ。挑発されたHA丸(ああ、この二人は似たもの同士)は猛然と桟橋へ向けて走り去った。このクラは結局コチ10本、カレイ6枚となかなかの漁だった。

二クラ目を揚げ始めた時猛烈な雨が降ってきた。フードをかぶった横顔に雨が打ち付けて痛いほど。あたりは先々週の霧の時以上に霞んで梶島の島影さえも見えない。こんな強烈な雨は長続きしないものだがやはり10分ほどで止んだ。カラだったバケツの底には3cmほど水が溜まっていて雨の激しさを物語っていた。

3クラめにまたコチ14本、カレイ9枚と大漁となり、11クラめにもコチが15本かかった。それ以外のときもほぼ毎回数本ずつのコチがかかり、昼までに70本以上のコチと25枚以上のカレイがかかった。全体にちょっと小さめだったのが残念だけど、水槽に活かすためのカゴが足りなくなるほどの大漁だった。こんな時に限って札場の相場が安めなのが口惜しい。


○7月22日(火)  <拒む>

今日も梶島へ直行。先着がHA丸なのもいつも通り(苦笑)。しかし今日はさっぱりコチがかからない。3クラやって小さいコチが8本、シャコエビ2つにキス1匹。早めに梶島を諦めて大瀬に出て2クラやり、更に一色前へ出てきた。しかしここもぱっとせず11時に矢作川の河口近くへ行ってようやくコチを7本、カレイ3枚を掴まえた。大ゴチは掴まらなかったけど中小のコチが全部で30本あまり、大小のカレイを15枚ほど獲ってきた。よかったよかった。

夜ゴーヘー父と数人のカレ網漁師が2ハイの船の分乗して浦口に船を出した。目的はそこへテグス網をやっていった島の漁師に注意することだ。大井のカレ網漁師は島(日間賀島、篠島、佐久島)の近辺で漁をさせてもらえないので、彼らにも大井では漁をさせたくない。普段はこちらが知らないうちにやってきたり、Kさんが見つけて注意したりするのだがいつも無視されるらしい。そこで今日は人数を増やして注意しに出て行ったわけだ。

ちなみに島以外の漁師が網をやりにきても、カレ網漁師は何も言わない。お互い様だからね。


○7月24日(木)  <一斉不漁>

一昨日すでにその兆しがあったが、今朝の梶島はさっぱりコチやカレイがいない。道理でHA丸がいないはずだ。うちも長瀬他を3クラやって生田鼻沖(いくたのはなおき)へ出てきた。ここを2クラやってコチを3本つかまえてから矢作の河口へ行った。河口付近で6クラやってどうにかコチを5本、カレイを6枚つかまえた。

他の船も皆無線で泣き言を言ってばかり。どこもかしこも一斉にコチやカレイがいなくなってしまった。きっと少し冷えたからだ。参るなぁ。


○7月25日(金)  <半かけ>

西の風が強くて4時半に船着き場へ行ってもまだみんなおしゃべりしてた。じきにST丸が出て行ったので、みんな重い腰を渋々上げた。

うちは一色沖でカラだったんでそのまま梶島へ走った。梶島では例によって水被りでHA丸が網を揚げていたので、ゴーヘー父は島の西の砂を入れた場所で船を止め網をやった。次にHA丸が長瀬へ行ったのでこちらは水被りへ行くかと思いきや、長瀬へ走ってHA丸のすぐそばへ網を入れた。しかしあまりに近すぎて網が一部重なってしまったらしく、ゴーヘー父はかなり慌てて網を揚げ始めた。あ〜、だから彼にかまっちゃダメだって言うのに(×_×)。上げ終わると今度はHA丸の網がまだ1反分残っているのに、それを囲むように網をやり始めた。昔こうやって彼に嫌がらせをされたんで意趣返しらしい。

HA丸は網を揚げ終わるとまた水被りに戻って網をやり始めた。そのやり方は「半かけ」と呼ぶ場所を半分ずつズラして網をやるやり方だった。こうするとその付近一帯にいるすべてのコチやカレイを根こそぎ獲ることができるが、彼以外のカレ網漁師はやらない。魚は仲間がいる場所には安心してやってくるけど、いない場所にはエサがあってもなかなかやってこないからだ。普通にズラして「○○○」と網をやると周辺に隙間ができるのでそこにいる魚は網にかからないため、次の日もまたそこに魚が寄ってくる。

「半かけ」は先のことも他の漁師のことも考えない悪手だ。


■エピローグ

バカ網は小学生の頃夏休みに何度も船に乗って、実際に網揚げをやったことがあります。子供の手伝いなんで大した力にはならなかったんですが、たくさんのボラが網にかかっていた様子は記憶に強く残っていて、未だにバカ網を見るとなんだかわくわくします。

今年はまだ梅雨が明けていません。朝夕はまだヒヤッとして寒いくらいです。こう冷えてはコチやカレイがいなくなってしまうんで、早く梅雨明けして暑くなってほしいものです。

でもホントは暑いの苦手なんですよね〜(^^ゞ。


■次回予告

Vol.47 「アイ」 2003年8月9日(土)発行予定

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