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【Uターン漁師のゴーヘー通信】Vol.78 昔話:網
                          2004年10月16日発行
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■昔話:網

「カレ網」(Vol.26)にて現在カレ網漁で使用している網についてご紹介しまし
た。カレ網では三枚網という構造の複雑な網を使用しているわけですが、この
網は現在もゆっくりと進化し続けています。構造の進化(変化)は主に漁師の
個人差や考え方の差や変化などが網の変化になって表れてくるものです。他の
専門分野同様狭い世界のことなので、その変化は素人目にはほとんど区別がつ
きませんが、カレ網漁師にとっては違いがはっきりとわかり、網をみれば誰の
網かがだいたいわかります。

素人目には変化のわかりづらい現在のカレ網ですが、過去には何度も見た目の
大きな変化がありました。

今でもまだ現役で使っている人があるようですが、網に付いている浮け(うけ)
の役目をする「アバ」は昔は木で出来ていました。杉の木を自分で切って削っ
て長さ10cmくらいの四角い棒にして網につけていました。杉は濡れても浮
力の減少が他の木に比べて少ないらしく好んで使われました。使い続けると浮
力が減少するので時々陽に干したそうです。ゴーヘーが5・6歳の頃はオンヤ
のおじいさんが網をきようそばで、この木のアバを井桁に組んで積み上げよく
遊びました。

網のヤ(錘:おもり)は現在は鉛ですが、昔は「素焼き」の錘でした。長さは
3〜4cm、太さは2cm余りで長さ方向の中心に紐を通す穴が開いていまし
た。この穴にヤ縄(やなわ:ひものこと)を通して網のおもりとして使ったわ
けです。網ではヤを大量に必要とするため当時は焼き物でこれを作ったようで
す。素焼きのヤの欠点は網に付いたガゼ(ウニ)などを踏みつけると一緒に割
れてしまうことでした。

さて肝心の網糸ですが、これも昔とは比べようもなく変わりました。今、網糸
はナイロン製なので細くて丈夫です。水を吸う量が少ないので濡れても重さが
あまり変わりません。ナイロン以前は木綿の糸だったので水に濡れるとてきめ
んに重くなりました。最大のネックは濡れたままにしておくと早く傷んでしま
うので、適宜陽に干さなくてはいけないことでした。干すと漁に使えないので
網の数が現在の倍以上必要でした。

でも良いこともありました。木綿の糸は色つけのために煮ると若干縮むので二
寸一分の網目がやや小さくなりました。これは大ゴチを掴まえるには丁度良い
網目で縮まないナイロン糸の同寸目だと、網目に挟まった大ゴチのエラが押さ
えられてしまいすぐに死んでしまうのです。それで現在はこの網目の網は使っ
ていません。

話は急に変わりますが、オンヤ(本家)の二階は蚕を飼えるような構造になっ
ていて、実際昔蚕を飼っていたそうです。昭和初期の頃はこのあたりでも養蚕
が盛んだったんだと子供の頃は思っていたのですが、絹織物のための機織り機
とかは残っていなかったので変だと感じてはいました。それにオンヤが今の家
を新築したのは戦後20年代の後半のことでした。絹織物のための養蚕はどう
もおかしい気がします。

長年のこの小さな疑問は漁師となった後のある日、突然解けました。船でゴー
ヘー父と網をきよい(繕い)ながら話してた時「昔はオンヤの二階でお蚕を飼っ
て絹の糸で網を作ったもんだ。おじいさんがよく『俺たちは絹の反物で魚を掴
まえるようなもんだ』と話してたでなぁ」と、ゴーヘー父が言うじゃないです
か。

網はナイロン製の今でもよく破れよく傷みます。そんな網を絹糸で作ったとは
なんと贅沢な網だったことでしょう。ただただビックリしたゴーヘーでした。


■今週のゴーヘー

○10月4日(月)  <魚がいない?>

朝北西の風が少し勢いよく吹いていた。昨日に引き続き流れ物がなくなってい
るかもしれないが万一あるとやっかいなんで明るくなるまで待っていた。6時
頃ショ○トク丸が出て行くのを合図にみんな船を出した。

7時頃上野間(かみのま)で一クラ目をやった。紋付きガニや青ガニの小さい
ヤツが10ばかりかかる。小さいからゴーヘー父はツメを折ってはずしている。
小さくても銭になるのだからツメ付きにしとかなくちゃダメなんだけどね。面
倒だからついツメを折っちゃうんだよな。

二クラ目は空港島の南の進入灯の西側でやった。コチが1本のみ。次はデボ(
空港島の南東側)で二クラやってどちらもカラだったので常滑新港の下りへ行
き3クラやった。クロダイ2枚、コチ1本を掴まえたけど3クラ目でガランガ
ランで網を引っかけてちぎってしまったんで、大赤字になっちゃった。はぁ〜。

ちぎれた網を替え11時15分頃空港島の北東へ行き網をやった。本ガニが3
つ。次に広瀬に上ってアイナメを1本掴まえた。カンコの中はすかすかなのに
もう12時。本来なら帰るところだけど朝が遅かったんでもうちょっとやろう
と空港島の南西側へ下る。反時計回りに空港島を一周したことになる。ここで
3クラやってようやくコチが8本、カレイが4枚かかった。ここの少し下りで
オ○エイ丸が連続5クラぐらいやっていったからかなりあったようだ。

夕方の札場では先週までとうって変わってコチが安かった。中ゴチを4本売っ
て7,800円と1万円どころか8,000円にも届かず。普通の相場に戻っ
たのかもしれない。これに比べてクロダイが異常に値が良かった。大グロ2枚
にハゴ2枚を合わせて売って3,500円もした。予想より千円も高い。大グ
ロを掴まえてこなくちゃいけない。


○10月6日(水)  <網きよい>

9時から網きよいを始めて12時までの3時間で2反しかきよい終わらなかっ
た。思った以上に破れが多かった。午後は1時から始めて3時に終わった。二
人で5時間もやってようやく7反半の網をきよい終わった。随分と破れていた
もんだ。


○10月7日(木)  <20?>

朝6時半、空港島の南西角に行くとすでにオ○エイ丸とエイ○丸が網をやって
いた。エイ○丸のイワテ(北側)で一クラ目をやるとコチが6本、大ガレイ、
大アイナメがかかった。幸先は良かったが、二クラ目はカラ、三クラ目はコチ
1本、クロダイ2枚でやや失速気味。しかたなく空港島の北の進入灯へ行き西
側で網をやった。進入灯の先にはコ○エイ丸が、東側にはその他の船がそれぞ
れ網をやっていた。ここは誰かのやり後なのかタコ一匹しかかからず、しかた
なくコ○エイ丸のイワテへ上った。そこで東へ移動しながら三クラやってコチ
4本とカレイ2枚を掴まえた。なんだかんだ言ってコチが11本になり、月曜
日の相場でもそれなりの水揚げになりそうだった。

南東の風が強くなってきた9時45分頃、進入灯の西側でタ○エイ丸とヒ○エ
イ丸がやっているのを見て、ゴーヘー父は彼らの網の上を横切って空港島の北
西角へ船を進め網をやった。上り潮が速い上に西側の網がちょっと深いところ
落ちていたんで揚げづらそうだった。

その網を揚げ始めたところグイグイと網を引くコチ(つまり中ゴチ以上の大き
さ)が次から次へとかかってきて船上は一気に戦場になった。10本くらいま
で数えていたけど途中でわからなくなった。深いところでは大ゴチが次々に揚
がってきた。中には網にアゴだけ引っかかっているヤツもいて大あわてでタマ
で掬ったけど、タマに入らないまま船に引き込んだりした(笑)。網に絡まっ
て虫の息なヤツもいた。まさに嬉しい悲鳴。

結局このクラは20本以上のコチがかかっていてカンコの中はコチで一杯になっ
た。慌てて二つ目のカンコのヒを抜いて大ゴチ・中ゴチをそちらへ移す。数え
たら13本あった。その後二クラやって更にコチ7本と青ガニ(大)が6つか
7つかかった。帰るにはちょっと早かったけど両ガンコが満杯だし風も一層強
くなってきたんでみんなより一足先に帰ってきた。

札場の相場は月曜日より良くなっており、予想外に多い水揚げになった♪


○10月11日(月)  <連休明け>

世間より1日早く連休明け。金・土・日と台風休みだったわけだけど、土日は
実は秋祭りで休みだったんで台風来襲は丁度良かったとも言える?

朝は例によって明るくなるまで待ってから出かけた。暗いうちは東風が吹いて
いて明るくなってきたら西の風に変わった。西浦へ行くと案の定波が高く蹴立
てた波しぶきを被りながら走る。空港島の南進入灯の西側で船を止め網をやっ
たら他のみんなはそこを通り過ぎてイワテに走っていった・・・あれ?。風と
波で船が激しく上下する中とにもかくにも網を揚げイワテに走る。

案の定北の進入灯の周りはカレ網の船だらけでもはや空き場所がなく、しかた
なくみんなの西側の深い場所で網をやる。やっとコチが1本。ここは諦めタカ
(岸側)の前島前まで入った最初のクラでハゴが12枚、小コチが3本、カレ
イが2枚かかり、ようやく一心地ついた。それから続けて4クラやって小コチ
3本、カレイ4枚を掴まえる。二クラカラだった。

もう一度北の進入灯へ戻り空港島の北西の角の例の場所で網をやった。やった
時は潮が鈍かったけど揚げ始めるまでのわずか5分の間に急激に早くなって網
揚げに四苦八苦してコチ1本。ここは諦め空港島の西を下り途中で一クラやっ
てから上野間(かみのま)へ下がった。

すでにお昼間近。ここでクロダイを15枚程掴まえたんで少し下りでもう一ク
ラやったけど今度はクロダイ2枚だった。どちらも紋付きガニが多くて網が随
分破れたのが参った。それでもまずまずの水揚げとなった連休明けだった。


○10月12日(火)  <オクゴオリはやめて>

昨日久しぶりにオクゴオリへ行ってみようか話していたけど海苔枠がすでに張
られているだろうから行くだけ無駄になると思い、今日も空港島を目指した。

6時半南進入灯のすぐ西側で一クラ目をやってクロダイ混じりでハゴを8枚、
小コチ、フグを掴まえた。空港島の南西角を少し上ったところで二クラ目をやっ
てヒラメ、小コチ、タコ、ギマ2枚を掴まえる。ヒラメとタコはわりに大き目
だった。どちらも下げ潮が速くてこれ以上は見込みがなさそうだったんで昨日
良かった前島前へ走る。しかし今日は良くてカレイ2枚で後は1枚か小コチ1
本ずつしかかからなかった。ハゴが泳いでいるせいでカンコの中は賑やかだけ
ど金額にすると大したことがない。オクゴオリに行ったシンコ○丸が無線でしゃ
べらないからとても気になる。

10時40分頃北の進入灯の西側で網をやった。ここが解禁になって以来うち
の十八番になっている場所だ。相変わらず潮が速かったが今日もコチが4本、
次のクラでもコチが3本かかった。どれも中の大という大きさで札場なら良い
値がついただろうが、あいにくと今日は札場がお休みなんで片名の仲買に相対
で売ってきた。

魚を持って行くと仲買の社長が「シンコ○丸がクロダイを30キロぐらい持っ
てきた」と教えてくれた。あ〜、やっぱりオクゴオリへ行かなくちゃいけなかっ
たなぁ。


○10月14日(木)  <3バイだけじゃないよ>

昨日に続き今朝も風が吹いていたが、みんな先を争うように船を出していた。
が、その勢いも浦口を出るまで。先に進む程風が気になり明神様(半島先端)
を回ると高い波に急に意気消沈。最後尾だったうちはすぐにUターンして尾張
を目指して走った。仲良し3バイを除いて戻ってきたみんなは浦口で様子見。
うちは海田、矢梨、古布(こう)と走って、網をやりたい場所がどこも海苔枠
で塞がっているのを見て、梶島へ向けて舵を切った。浦口で様子見をしていた
みんなは結局帰った。

久しぶりの梶島で魚がいるかどうか心配だったが、大ガレイが数枚ずつかかっ
てホッとした。大ゴチも1本だけかかった。

仲良し3バイは無線でよくしゃべっていたが、8時半頃ショ○トク丸が今日の
札場をやるかどうかの確認をオ○エイ丸に電話して以降話さなくなった。自分
達以外に誰も船を出していないと思っていたんだろうけど、生憎とうちとオン
ヤ(本家)のおじさんが船を出していたからだ。たぶん確認してもしなくても
3バイだけでも札場はやるつもりだったんだろうけどね(以前もそうだったか
ら)。


■エピローグ

10月も早半月が過ぎようとしていますが沖に出た日数はまだ7日。例年より
1日か2日少ないですが水揚げはおかげさまで順調です。今年は空港島の北側
と西側での漁が解禁になったので、ここでうまく魚を取ることができました。

月の後半、はたしてどれくらいの水揚げが揚がるかわかりませんが、カレイが
かかり始めたので例年並みを越える水揚げを期待したいです。

それにしても気になるのはまた発生した台風(23号)。よもや上陸するなん
てことはないだろうと思っていますが、近づいてくるだけでも心配は尽きませ
ん。


■次回予告

Vol.79 「あんばり」 2004年10月30日(土)発行予定


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Copyright (C) 2001-2004 Gohe.


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