【Uターン漁師のゴーヘー通信】号外より


                          2001年11月24日発行

■ラン丸、永眠す
ゴーヘーの家で17年以上飼ってきた犬のラン丸が今日のお昼、12時半ごろ
永眠しました。享年17歳5ヶ月。人間では100歳以上に相当する年齢だそ
うです。
3ヶ月以上前から寝たきりで、2週間前から餌を食べず水しか飲まず、その水
も2日前から飲まなくなって、時々乾いてかすれた鳴声を出すようになってい
ました。今日のお昼、家の2階の廊下で日光浴をさせているとき、眠るように
息を引き取りました。
亡骸は半田葬斎場で焼こうと思い電話すると、受付は午後3時までで明日はお
休みということだったので、あわててお寺でお塔婆をもらってきて車で母と半
田葬斎場に向かいました。葬斎場で受付を済ませると裏にまわってそこでお別
れでした。お骨を持って帰りたかったのですが、数匹まとめて焼くそうでお骨
はどれがどれだか区別がつかなくなるため、持って帰ることを断っているとの
ことでした。
そう聞いたときとてもショックを受けました。死んで悲しむ間もなく時間に追
われるようにして葬斎場に来て、動物ゆえしかたのないこととはいえまとめて
焼かれるのが、まるでゴミを焼くような焼き方に感じたためです。

ラン丸は農家の生まれで母犬といっしょに放し飼いで走り回って自由に育った
ようです。黒茶の毛色が好まれず貰い手がなかなかいなくて、生後5ヶ月くら
いで結構大きくなっていたため、生家の農家から米1表付きでうちに来ました。
走り回っている頃後ろ足を車に轢かれたことがあるそうで、来た当初車をとっ
ても怖がっていましたが、それも次第になれいつのまにか車に乗ることが大好
きな犬になっていました。
朝晩毎日お散歩は欠かしませんでした。雨が降っても雪が降っても元気良くお
散歩に出かけていました。朝は母、夕方は父がお散歩に連れて歩き、晩年はゴ
ーヘーが夕方連れて歩きました。数年前1度散歩中に歩けなくなったことがあ
り、ゴーヘー父が抱きかかえて帰ったことがありました。小さい頃車に轢かれ
た時の後遺症で、腰が悪くなってきてたようでした。お散歩中に後ろ足を時々
引きずるようになったのは一昨年くらいからでした。1年ほど前からお散歩中
に息が上がるようになってきて、次第にお散歩コースも短くなりました。お散
歩中の休憩も多くなってきて、今年の春頃は風にあおられてふらつくようにな
りました。それでも時間をかけてお散歩だけは毎日朝晩行っていました。今年
の夏前には歩くことはできても自力で起きることができなくなり、半寝たきり
状態になりましたがお散歩のために起こしてやると、尻尾をぐるんぐるんと振っ
てとてもうれしそうにしていました。ラン丸はとにかくお散歩が大好きだった
んです。

自力で起きられなくなってから無理に起きようとしてもがくうちに、前足の付
け根(人間でいえば肩の部分)を左右ともひどく擦りむいてしまいました。コ
ンクリートの上に寝ていたのでそうなることは予想できたはずなのに、ぼんや
りしてて対応が遅れ擦りむいてしまいました。動物病院に連れていっても特に
手当てはしてもらえず、化膿止めの薬をもらってきただけでした。以来、朝晩
の傷の消毒と薬(オロナイン)塗りとカット綿による傷の保護が毎日の日課と
なりました。自力で体が起こせないため餌・水も体を支えてやって食べさせま
した。キャンプ用銀マットの上にペットシートを敷いてそのうえに寝させまし
た。寝たまま小便をすることをとても嫌がって散歩がわりに外で立たせると、
決まって小便をしましたが、それも次第にペットシートを濡らすようになりま
した。冷えてきた頃から毛布をかけてあげましたが、ぐっと寒くなってきてか
らは玄関に入れていました。寝たきりで餌が自由に食べられないので痩せてき
て、傷の治りもよくありませんでした。2週間前から水だけになって一層痩せ
てきました。両手で抱えた体が随分と軽くなって一歩一歩死が近づいているこ
とを実感しつつ毎日世話を行っていましたが、亡くなると想像以上に応えまし
た。

自宅に戻ってきてから一層悲しさがこみ上げてきました。17年間も家にいて、
いることがあたりまえだったラン丸がいなくなった喪失感はとても大きいです。

ラン丸はもう焼かれて灰になりました。この世に影も形もありません。とって
も悲しいです。言葉では尽くせず、涙が止まりません.どうしたらいいか、、、
ただ、ラン丸の安らかなる眠りを祈りたいです。

最後に、こんな悲しいお知らせで申し訳ありませんでした。
なにかしていないと切な過ぎて耐えられそうになかったので、
書いて紛らせたかったのです。

読んでくれてありがとう。